迷惑をかけ合いながらしか生きれない

子どもが朝食にホットケーキを作ってくれました。

洗い物をしながら、ホットケーキ作りを横目でチラチラと観察。

片面が焼け、ひっくり返そうとしているホットケーキがまだ生っぽく見えて、ターナーを入れたら割れそうな気がしてとっさに

「それまだ早いんじゃない」と言ってしまいました。

子どもは渋々それに従いフライパンに蓋。

しばらくすると焦げ臭い匂い。「焦げの匂いがする!」と叫ぶ私に子どもが一言

「だからあの時ひっくり返しとけばよかったんだよ」

その通りです、ほんとすみません…

裏は焦げている。

私はいつも、良かれと思って先回りしがち。ホットケーキがうまくひっくり返せなくて割れたりぐちゃっとなったって別にいいはずなのに。なんなら、あのタイミングでもうまくひっくり返せたかもしれません。

私が余計な口出しをしたせいで、子ども自身の失敗のチャンスも成功のチャンスも奪ってしまったと思うと本当に申し訳ないし、反省しつつも毎度毎度懲りずに口出ししてしまう自分の愚かさに悲しくなります。

それでも毎回口を出してしまうから、じっくりとその理由を考えてみました。

私は子どもに「失敗」して欲しくないのです。なせ失敗して欲しくないのか。その気持ちの裏には、失敗されると「迷惑だ」という気持ちが隠れていました。

  • 「失敗した」ホットケーキよりも「上手にできた」ホットケーキが食べたい
  • 失敗して落ち込んでいる子どもの姿を見たくない(可哀想でもあるし、落ち込んだり怒ったりしている人の近くにいることに私が耐えられない)
  • 失敗した後片付けは私にも降りかかってくるから面倒だ

書き出してみると、なんとわがままな言い分。

子どもには自分で考えて行動できる大人になって欲しいと常々思っているはずなのに、結局は「私」の気持ちを優先させて余計な口出しをしてしまう。

子どもと接していると、自分の未熟さを痛感することが多いです。

気持ちに余裕があるときにはうるさいことを言わずに比較的おおらかに見守ることができるから、つくづく自分のコンディションを整えることの大切さを実感します。

今日は日曜日で仕事がお休みなので、こんな自分を反省しつつ、心の余裕を取り戻すためにマイペースに過ごしました。

”人はお互い迷惑をかけ合いながらしか生きられない”らしいです。私も生きているだけでたくさん周りに迷惑をかけているんだから、相手からの迷惑も面倒くさがらないで、グッと受け止められる人間になりたいです。

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