こどもの頃のあたたかい記憶

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今日は節分。

子どもが生まれてから、いろいろな行事をするようになりました。子どもにとって行事は特別で楽しいもののようで、毎回喜んでくれるから、多少面倒に感じてもなんとかサボらず続けています。

私が子どもの頃にも、節分は我が家の恒例行事でした。

私の母はまるで子どものように純粋で、「節分とは何で、豆まきとは本来こうあるべきで…」というようなうんちくとは無縁の人。節分で撒くのは炒った大豆ではなくて豆菓子とか個包装のチョコレート。

母が「おには〜そと〜」とか言いながら部屋にそれらを撒くたびに、きょうだい皆でわーっと拾いに行って必死でかき集めます。最後はみんなで数を数えて、誰が一番多くお菓子をゲットできたか競うのもまた楽しい。普段あまりお菓子を食べない家だったこともあり、節分の日は頑張ればたくさんお菓子をゲットできるから、きょうだいみんな大張り切り。

真っ青な空にヘリコプターの白が映えていた。

当時子どもだった私はただただ節分が楽しくて仕方なかったけど、今になって思えば、かなりのオリジナルながらも毎年ちゃんと節分にお菓子を準備して「いくよー」と部屋中にまいてくれていた母に感謝だし、必死の形相でお菓子に群がる子どもたちを見るのは、母にとっても楽しかったんじゃないかとも思えます。

こういうひとつひとつの行事が子どものなかに蓄積されて心の根っこになっていくと思うと、ちょっと責任も感じます。

大人になった私は格好つけて節分に大豆をまいているけれど、子どもに実家の節分の話をしたらとても羨ましがられたので、今年はお菓子もまこうかなと考えています。夫にお菓子をまいてもらって、久しぶりに私もお菓子めがけて走ってみます。

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