「お母さんっぽさ」から逃げ続けている話

訪問に出かけました。
時間があるときは、なるべく歩いて行くようにしています。

目的地に向かってただひたすらに歩いていると、風が涼しくなったとか、日差しが柔らかくなったとか、あ、新しいお店できてる、とか、発見があり面白いです。

1時間くらいなら、へっちゃらで歩いていられます。

訪問後は助産院で仕事。

助産院には、あえて「お母さんっぽさ」「子どもっぽさ」を感じさせるものを、置いていません。

私自身、妊娠した瞬間から、急に「お母さん」を背負わされる感じがして、違和感があったからです。

新しい命が来てくれたことは嬉しい。間違いなく嬉しい。でも、その瞬間から「お母さん像」をグイグイと押し付けられているような息苦しさを、感じ続けてきました。

例えば、キャラクター。母子手帳にも、育児関連グッズにも、必ずといっていいほどついていました。

今までキャラクターものに興味がなかったのに、妊娠、出産、子育てとなると、急にそれ以外の選択肢がなくなるのが悲しかった。

ネットで探しに探してやっと見つけたシンプルな商品も、よくよく見ると端の方に小さなくまちゃんのワンポイントがついていたり。

「あー私はこの世界に閉じ込められてしまったのだ」という、当時の絶望感を、今でも覚えています。

なににも圧迫されないこの空間が落ち着く。

「妊婦さん」「お母さん」「赤ちゃん」=「キャラクターが似合う」とひとくくりにされて、どんどん「個」が消えてく感じ。

キャラクター以外の場面でも「お母さん」のイメージが迫ってくると感じることは多くて、「お母さん」に飲み込まれたらおしまいだ!という感覚が常にありました。

他人に言うと「親としての自覚が足りない」「無責任だ」などと非難されそうですが、本気でそう思っていたのです。

今はだいぶ余裕ができて、「お母さん」である自分も、楽しめるようになっています。お母さん100%の日もあれば、20%の日もあったり、気楽にやっています。

そんな経緯もあり、助産院はシンプルすぎる仕上がりになっています。しばらくはこのシンプルな状態で、続けていくつもりです。

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