我慢癖がついていた話

アーユルヴェーダを本格的に学ぶため、しばらく学校に通っていました。

学校に入学して、最初の授業。担当は校長先生。
いちばん初めに言われた言葉が衝撃的で、今でも鮮明に覚えています。

「トイレは我慢しないでいつでも行ってください。授業中でも、(講師に)聞かずに行っていいですから。」

そんなの当たり前じゃないの?と思う人もいるかもしれませんが、当時の私は、この発言にものすごく驚きました。

排泄は休み時間に済ませておくべきであり、授業中に席を立つなんてもってのほか。できるなら我慢するべきだ。という考えが、すっかり染み付いていたのです。

もっというと、我慢できずに手をあげて「先生、お手洗いに行ってもいいですか?」と言うことは、すごく「恥ずかしい」ことで、そんな思いをするくらいなら我慢しよう、とさえ思っていました。

排泄が「恥ずかしい」とか、トイレに行くのに「先生の許可が必要」とか、それを当たり前に受け入れていたことに気づきました。

たくさんのことを学んだアーユルヴェーダスクールの教室

アーユルヴェーダは自然的な衝動をとても大切にしています。身体から自然に沸き起こってくる欲求を我慢する習慣は、病気を招くと断言しています。

確かにそうなのです。トイレに行きたいというのは生理現象であり、コントロールできるものではないのに、それに従うことが許されないなんて。いつの間にそんな風に思ってしまっていたのでしょう。

これは排泄だけに限らなくて、お腹が空いたとか、眠い、疲れた、涙が出そうなどなど、いろいろなことを押さえ込むのが当たり前になっています。抑え込める力こそが大人の証だ、くらいの感じです。

私はこれを続けすぎて、自分の体調に鈍感になっていました。

いきなり全体を変えることは難しいけれど、せめてトイレくらいは、いつでも誰でも、好きなタイミングで行くことができる社会になるといいなと思っています。

我慢が必要な瞬間はあるけれど、「無意味な我慢」はどんどん無くしていきたいです。

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